成果を出すことで賃金は保障される?

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 今年の春闘職場集会の中で、「賃金は、与えられた成果を上げてこそ保障される。それができていない(…から赤字にもなる)のに、賃金要求などすべきではない」といった趣旨の報告があった。おそらく、成果を出すよう頑張らないと経営そのものが危なくなる、だから労組も他生協の成功事例などを政策提言として発信していくべきだ…という前向きな意見だろうとは思いつつ、一言(…にはならないか…)感想を。

 ニワトリが先か、タマゴが先か…といった論議になりそうなのだが、私はその職場の意見は逆であると思っている。成果を上げるのは労働者であり、その力が発揮できるかどうかも労働者の頑張りや力量である。だからこそ、その労働者が安心して働ける環境や、希望や展望を持ち働き続けられる環境をつくること、これをコストがかかっても作り上げるべきであり、そうしてこそ企業(うちの場合は生協経営)へのロイヤリティ、帰属意識、信頼意識が高まり、その企業のために一生懸命頑張ろうとなるのだと思う。もちろん、そうすることが組合員の暮らしへの貢献になることは言うまでもなく、それが結果、利益につながるのだと考える。

 視点を変えれば、そういう環境があって初めて、組合員の暮らしにも真の意味で貢献できると思うのだ。例えば、先に開かれた宅配事業研究会。ここで経営幹部から来年度方針というものが提起された。詳細は省くが、その柱は“コア組合員”をつくること、そのために①“生協ならでは商品”を各事業で200品目を選定し、お勧めをすること、②登録商品も充実させ、登録率を引き上げることなどが提起された。

 確かに、コア組合員を増やすことは、供給高を増加させるための手段ではあるだろう。しかし、どう見ても“売り手発想”から抜け出せていないと感じるのである。例えばバナナの登録を進めるために、栄養価や朝食にバナナをとか、いろいろ言われていたが、私に言わせれば「大きなお世話」なのである。私自身は朝食は摂らないし、和食派の方も多いだろう。そういう人に、「朝食にバナナがいいですよ」と単純にお勧めしても何にも響かないのだ。

 では、何が大切か。そういう一人ひとりの組合員の暮らしに合った形で、登録商品を軸とした「食の提案」ができるようにならなければならない。それをしようと思うと、組合員とのコミュニケーションは欠かせないし、情報収集力やそれに要する時間の確保や、何より自分の頭でどうやったらあの組合員の暮らしに貢献できるかを考えることのできる時間的ゆとりや精神的ゆとりが必要である。にもかかわらず、最後は配達ポイントを増やせば〇〇人時の効率化になるという話だ。当然、班の滞在時間は短くなり、情報収集どころではないだろう。それに加えて、加入や共済など、日常の数値課題もやらなくてはならないのだ。

 労働組合に聞こえてくる声は、ネガティブなものが多いとは思う。しかし、そうやって効率と課題で職員を追い立て、赤字になるぞ、出資配当ができなくなるぞと煽る風潮はそのままだ。そんな中でいくら“お勧めしよう”と叫んでも、一体いつどこでやるんだ?ということになりはしないか。今年の春闘交渉でも、そうした取り組みを成功させるためには職員の働き方のゆとりが必要なのだと強調した。コストはかかっても、安心できて働きやすい職場環境を実現することこそ、労働者の力を発揮させる源泉となるのだ。

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成果を出すことで賃金は保障される? への4件のコメント

  1. 暴言誇示 より:

    人の能力を生かすことができないのは経営の責任ではないのだろうか。
    例えば、配達に向いてない人がいたら、他の能力を生かせる仕事を与えるというように。
    でも、この組織はそんな人に配達をさせて、仕事ができないと苛めぬいて辞めさせるということを繰り返してきたように思える。
    でも辞めるに辞められない年令の職員が増えてきて、そんなやり方は通用しなくなってきた。もともと多様な人の能力を生かすなんてことをしたことがないので、今さらやり方を変えることもできない。
    この見方はネガティブすぎるかな。

    • nishizaki より:

      一般的にはそういう会社が多数なんだろうから、生協の経営者だけを責めるのもかわいそうかなとも思うんだけど…、でも、協同組合の理念を高らかにうたっている組織だからねぇ…それにふさわしい経営の水準を求めちゃいますよね。それができないんだったら、「生協」やめて「株式会社」にした方がよっぽどすっきりすると思うのは私だけなんでしょうか…?

    • スマイル より:

      そもそもの生協の運営が、落伍者を出さずには
      おれない運営ですからねえ。

      でも「もともと多様な人の能力を生かすなんてことをしたことがない」というのはちょっと違うと思います。
      かつては配達に向かない人間を、店舗や本部に大量に送り込んでいた時代もあったんです。
      当時は店舗も、ベーカリー担当などが居たりして、とてもチャレンジブルな時代だったと思います。
      でもそれでは本部経費が掛かるし、店舗も赤字が膨らむし、やっていけなくなったという事です。

      「儲からないんだから、しょうがないじゃないか」と言われれば、それもそうかなという気もします。
      (思考停止状態)

    • スマイル より:

      そう言えば、随分前から疑問に思っていたことがあります。

      昨年度まで、春・秋のキャンペーンの度にみんなに大量残業させて、
      その成果が果たして、コストに見合うものなのかということです。
      見合ってなかったと思う。(だから今年度から見直された。)
      でも昨年度までは、それが当たり前のやり方だった。
      実はキャンペーンに耐えられない人間を辞めさせて、人件費を
      節約しようとしていたのが狙いだった、とすればこの不合理が納得出来る。
      役員の方々からすれば、
      「そんな非情なコスト計算をするわけないじゃないか!」
      と真顔で否定されることだろう。
      確かに、意図的にそんなコスト計算をするやからがいるとは私にも
      思えない。
      でも意図しないで、「無意識にやっていたコスト計算」である可能性は
      大きいと思う。でないとこの不合理は説明できないのではないか。

      単に大声で怒鳴るのではなく、「上長の無意識の振る舞い」が
      時にパワハラになることを、強調しておきたい。

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