3.11…震災から1年を経て

 あの日から1年が過ぎた…なのに、いまだ3千名を超える人が行方不明なまま、そして未だ30数万人の方が避難生活を強いられ、被災地の復興は遅々として進んでいないのが実態だ。原発も“収束宣言”が出されたと言っても、実はまだ事故原因さえ不明のままだ。
 まずは、改めてお悔みとお見舞いを申し上げたい。

 しかし、政府の動きは被災地の心にとても寄り添っているとは思えないことばかりだ。失業保険の給付打ち切りなどをはじめ、政府の示す復興支援はその規模があまりに小さいばかりか、「競争力」や「規模」などの条件を付けるなど、いかに支援を切り詰めるかに身を粉にしているように見える。1年が過ぎ、政府は“のど元過ぎれば熱さ忘れる”とでも思っているのか、野田首相から聞こえてくるのは言い訳ばかりで、なんとかその場さえしのげればいいとでも思っているかのようだ。

 今日は震災1周忌の取り組みが各地で執り行われ、岡山でも多彩な行動が取り組まれた。今回の取り組みは、より幅広く多くの市民が参加できるようにと、市民団体をはじめ、労働団体も立場の違いを超えて参集した。そして、その行動は、こうした政府の動きに対して強く抗議する場としても極めて重要な場となるはずだった…。が、様々な立場や思いを持った団体が一緒にやることは、やはりなかなか難しいのだなぁと率直に感じた。

 取り組みを通じて特徴的だったのは、犠牲になった人々への鎮魂というテーマが前面に打ち出され、原発問題や復興支援問題への要求運動としての側面が伝わらなかったように感じたことだ。鎮魂が大切なテーマであることに異議はないのだが、やはり、日ごろ労働運動を進めている立場から言えば少し物足りなかったか…。

 それでも、サイレントパレード(シュプレヒコールなどは控えて歩く)には、ざっと見た感じで800名以上はいたのではないか…、多くの人たちがそれぞれの趣向でそれぞれの思いを表現して歩いていたのはそれはそれで良かったとは思う…(ただ、歩くペースがあまりにゆっくりで戸惑ったけど…)

 さて、政府と言えば、復興支援はそこそこに、消費税増税とTPPへの参加、そして財界の意向を受けて一刻も早い原発再稼働に突き進もうとしている。どの問題をとってみても、被災地にとっては耐え難いことばかりだ。にもかかわらず、したり顔で「復興が第一義」などとのたまう野田首相の顔を見るとぶん殴ってやりたい!
 枝野経産大臣にいたっては、先の国会で共産党の質問への答弁で「ストレステストの一次評価だけでは安全性は確保されたとは言えない」と答えた。なのに、再稼働はするという。まったく訳が分からない。事故原因も定かでない、ストレステストでも安全とは言えない、だけど稼働しても大丈夫だと…?!

 「安全」という時、見落としてはいけない視点がある。原発では、“平時”でも、定期点検の時を中心に、放射線にさらされながら過酷な労働環境の中で働かされている原発労働者(その多くが下請けだ)が多数存在することだ。つまり、彼らの犠牲なしに原発は成り立たないのだ。これだけをとっても、人間として原発を続けさせるわけにはいかないと強く思う。

 長くなったが、最後に。今日の取り組みの会場には天満屋や両備ストアが被災地産の果物や商品を支援の一環としてブースを出していた。色々事情はあるんだろうが、そこにおかやまコープの姿がないことは、やはり寂しかった。消費税の問題やTPPの問題でも、どうも煮え切らない立場だからこそ、余計にそう感じたのかもしれないが…。

 行方不明の3千名、亡くなられた2万人近い人たち、そして30万人を超える避難生活者。数は一言で言うことができるが、それぞれ一人一人に家族があり、人生があり、未来がある(あった)はずだ。
 私は、その中のたった一人でも「消費税が増税されれば生きていけない」と言えば、消費税増税には絶対反対すべきだし、一人でも「TPPへの参加は生産地復興の妨げだ」と言えば、TPPに反対すべきだと思う。
 すべての被災者が、少しでも以前の暮らしに近づけるよう支援していくことが、今の日本全体に課せられた課題だと思う。

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3.11…震災から1年を経て への1件のフィードバック

  1. デジタル のコメント:

    投稿者の野田政権への強い憤りはまったく同感。・・・首相の顔を見たら「ぶん殴ってやりたい」という暴力的言語は悲しい。次の選挙で一票を投じる際にはしっかり考えよう。

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