日別アーカイブ: 2010年11月18日

“組合員・消費者の願い”って何?~労連生協政策委員会~

 11月17日、生協労連の生協政策委員会があった。12月の政策研究集会(ぜひ皆さん参加してね!)にむけての最後の詰めの会議である。この会議に、日生協が現在作成している2020年ビジョンの一次案の原案(同じ日の理事会で一次案が正式に確認される予定で、それに先立っての配布だった)が提示された。
 さて、日生協が作成している2020年ビジョン…、良く出てくる言葉に「組合員・消費者の願いを実現するため」とか、「〜実現したい」っていう表現が出てくる。さて、その「組合員・消費者の願い」って一体なんなんだろう?
 人それぞれだろうとは思うが、その最低限の願いっていうのは、きっとこんな感じではないだろうか。(夫の視点で考えてみる…)

 朝起きる。家族みんなが健康で、そろって朝ごはんを食べる。栄養満点のご飯をゆっくり食べながら、妻や子どもと会話を交わし、子どもは元気に学校へ出かけていく。子どもを見送って、そして私も“今日も頑張るぞ”って思いながら職場へと向かう。
 仕事は誰に対しても誇れる働き甲斐のある仕事で、上司や同僚との関係もすこぶる良好、基本的に残業もなく、夕食までには帰宅できる。賃金は、個々によって多少の違いはあろうけど、家族を養うには事足りている。
 学校はいじめもなく、先生らとの関係も良好で、地域ぐるみで子どもたちを見守る環境が出来ている。勉強に追われることなく、のびのびと勉強や遊びに走り回っている。教育費は大学まで無料で、家計に対する負荷もほとんどない。町内会はもちろんPTAの活動なども活発だ。
 妻は、家にいても仕事に出てもどちらでもよい。万が一の時に自立できるよう職を持っていたほうが安心だとは思うが。要は、それを選択できる経済的余裕があるということだ。
 さて、家に帰れば夕食までには家族が全員そろい、団欒を囲む。そこに並ぶ食材は、もちろん地元や国内で取れた食材だ。生産者の顔が見える安心・安全の食事である。今日一日の出来事の会話を楽しみながら…。
 そして将来の不安もない。夫婦で言えば、老後の生活。年金の不安もなければ、病気になれば気兼ねなく病院へいき、治療費を心配することもなく、最高の医療が受けられる。
 子どもは、いずれ就職する。もちろん自分の夢を追い求めるのも自由である。いずれにしても最低限の生きる権利は保障され、夢破れても最低でもどこかに“正社員”として就職が保障されている。親も安心だ。
 そして、家族そろって休みという日が保障され、“今度の休みにどこか家族で遊びに行こうか”なんて会話が飛び交う。ヨーロッパのような“バカンス”があればもっといいけどね。
 そしてそれは孫やひ孫の代、いや、未来永劫続いていく…
 更に世界に目を向ければ、アフリカや東南アジアなど、貧しい国々を踏みつけにして、いわゆる先進国だけが繁栄すればよいなんて誰も願っていない。世界中のすべての人々が、最低限、先に書いたような1日をおくれるような世界となればいい。
 贅沢は出来なくても、平凡でもいいからせめて普通の生活を…“組合員の願い”って、要はこんな感じなんじゃぁないだろうか。よくよく考えてみれば、これって日本国憲法にほとんどすべて書いてある、人間の基本的な最低の権利として。
 ところが!である。日生協の2020年ビジョン一次案には、こんな社会は“来ない”と書いてある。もちろん、露骨にそう表現されているのではない。「組合員の暮らしは今後10年、ますます厳しくなっていく」んだそうだ。だからそうなっても暮らしていけるように、生協の事業を守り(…というのはコストを抑えてでも生き残っていくという意味だ)、“貧しくなる”組合員のくらしを応援するんだと…。
 現実はそうかもしれない。でも、それが“組合員の願い”か?違うでしょう!だったら、その願いをかなえるために、生協には何が求められているの?ビジョンとは、そういう視点で考えないとダメなんじゃないの?なんとも情けないビジョンである。これでは何の展望も誇りも持てない、人の心に響かない、これじゃぁ労働者だって動かないですよ!
 ちなみに、食の問題ではあっと驚く話も聞いた。国内生産者が大打撃を受けるといわれているTPP問題。日生協は、それには“何も触れない”のが方針なんだそうだ!これじゃぁ、日本の食を真剣に心配している“組合員の願い”に反しはしないか?
 「そんな理想を言ってても食えないじゃないか」とお思いの皆さん、そんなことはありません。実際にあるんですよ!そういう理想を地でいっている企業が。ぜひこの本を読んでみて!
 さて、おかやまの秋闘は妥結提案となった。しかし、それに対してとても厳しい意見も投稿されている。ラースさんの言わんとすることはもっともだ。しかし、日生協ですらこの体たらくである。本気で組合員の願いを実現しようなんて思っていない、いかに生協を生き残らせるかに汲々としているだけとしか私には見えない。そんな生協陣営の実態の中で、おかやまの理事会にだけそれを求めても何だかとてもむなしく、切ないんだよね。おかやまの理事会に、「日生協はなに言ってるんだ!もっとしっかりしろ!」といえる勇気と力量があれば…とは願うんだけど…。

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